草模様




ゴジラの映画を始めて観たのは
小学校三年生の時だった。

たぶん


の時か


の時だった。

僕は おばあちゃんに
せがんで
大曽根の映画館まで
連れて行ってもらった。


初めて観た怪獣映画は
モスラ対ゴジラでした。

大きなモスラの卵が
名古屋へ流れて来て・・・・
ゴジラから卵を守ろうとした親モスラが
死んでしまった。

この頃のゴジラは
悪者で
強かった。

伊勢湾台風で名古屋が破壊されたように
ゴジラの襲来によって
名古屋は蹂躙され
完全に廃墟と化した。

名古屋のシンボル
見慣れたテレビ塔も
愛知県庁も名古屋城も
壊されたのであった。

偶然とはいえ
モスラへ助けの唄をうたうのは
名古屋出身の
ザ・ピーナッツだ。

モスラーゃ モスラーゃ モスラーゃ。

映画館のなかは異空間。

僕は
ゴジラが放射能を吐く
蒼白い光の美しさに感動していた。

なにせ
その頃は テレビは白黒しか 無い。

カラーの動画を
みるためには
映画館へ
行かねば ならなかったのだ。

僕は総天然色の映画の
素晴らしさを知りました。

以来 ずっと
怪獣映画に はまり込み
怪獣映画を
今でも 追い続けています。

しかし
 今でもわからないことがある。

なぜ 怪獣映画と
加山雄三の若大将シリーズの組み合わせで
いつも 二本立てでやって
いたのだろうか?


幼い頃 観た 加山雄三と田中邦衛、星由里子は
今でも しっかり 総天然色で
憶えておるぞ。

それでは またな。


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